大判例

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福岡高等裁判所 昭和49年(う)28号 判決 1974年5月14日

被告人 金鳳泰

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官堀賢治提出の控訴趣意書(検察官小縄快郎作成名義)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意(法令適用の誤り)について。

所論は要するに、原判決は、被告人が実父金鐘八を監禁し、よって同人を窒息死するに至らしめた旨の原判示第一の事実につき、刑法二二〇条二項、二〇五条二項は憲法一四条に違反するものとしてその適用を排除し、通常の逮捕監禁致死、傷害致死の罪を規定した同法二二〇条一項、二〇五条一項を適用する判決を言い渡した。しかし、昭和四八年四月四日の最高裁判所大法廷の判決(刑集二七巻三号二六五頁)の説示する理由からも明らかなように、尊属殺に対する刑罰加重の規定である同法二〇〇条が同法一九九条(普通殺人罪)に比して甚だしく刑の均衡を失するものとして憲法一四条一項に違反するものではあっても、尊属逮捕監禁致死罪である同法二二〇条二項、二〇五条二項は通常の逮捕監禁致死罪である同法二二〇条一項、二〇五条一項に比して、右の殺人罪におけるが如く量刑の具体的適正を期し難いほどの不均衡は存しない。したがって、この程度の法定刑の加重をもって、直ちに合理的根拠を欠く差別的な取扱いということはできないので、原判決は憲法一四条一項、刑法二二〇条二項、二〇五条二項の解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというに帰する。

よって、所論にかんがみ原判決の法律の適用を検討するに、

憲法一四条一項は国民に対し法の下における平等を保障するものであるが、一切の差別を禁止したものではなく、合理性なき差別を禁止するものである。したがって法律上の取扱いを異にしても、それが合理的理由を有するものである限り、直ちにこれを禁止する趣意のものではないと解すべきである。ところで、原判決の確定した事実は被告人の実父金鐘八に対する逮捕監禁致死の所為であるから、本件においては実親子関係につき、刑法二二〇条二項、二〇五条二項が憲法一四条に照し合理的存在理由を有しないものであるか否かを検討すべきである。

(イ) そこで、先ず実親子関係なるものを考えてみるに、

そもそもこの身分関係は人間存在の自然的基礎であり、原判決の指摘するが如き旧制度に由来する道徳観を現行憲法の基本理念に照して払拭し去っても、なお親と子によって形成される基礎社会における道義的基本秩序の存在は、これを否定することができないと同時に、われわれが卒直に人間実存の自然的秩序を直視する限り、およそ子の親に対する敬愛の情は根源的な倫理的情操の一つというべきものである。したがって、かかる情操が存在し且つこれを維持するために、他の人間関係に比し、法律的に特別な取扱を定めることにつき、合理的理由がないということはできない。

(ロ) 問題は、これが刑法の保護に価し、刑罰加重の一般的事由として法定することに合理性があるか否か、仮に、それが肯定されても加重の合理的限界を考えてみるべきであるところ、前示の如き観点からする子の親に対する道義的情操が他と較べ特別にして根源的であることにかんがみるとき、あえてこれを破壊し、親を逮捕監禁して死に致すが如き子の行為は高度の道義的非難に値するものであり、これに対して一般的に刑を加重することにしても、その合理性を一概に否定することはできない。したがって、このことのみを以て直ちに違憲と解することは相当でない。

(ハ) しかし、世には親にして親たるに価せず、子に対し極悪非道ともいうべき親も在り、親子の関係が憎悪と化し又はやむなく恩愛の情を破り、あえて親を死に致すが如き行為もあって、あながち子のみに非を帰せしむべき事情がなく同情の余地すら存する場合もありうる。もし前段認容の刑罰加重の合理性が正常なる親子関係を想定し、これを前提とし、又はその限りにおいて存在理由を有するものとすれば、かかる例外的な場合にまで刑を加重すべき合理的理由は何ら存しない。

そうだとすれば、加重された法定刑の枠が重きに過ぎ、右の他人にもおとる親の場合において、子に対し通常の場合(他人の場合)におけるが如き具体的妥当な科刑を量定できないようにするものであれば、もはや合理性がなく、憲法一四条一項に反する合理性なき差別というべきである。そこで、尊属逮捕監禁致死の加重された現行刑法の法定刑が右の合理的限界内にあるか否かについてみると、その法定刑(刑法二二〇条二項、二〇五条二項)は無期又は三年以上の懲役であり、通常の逮捕監禁致死罪(同法二二〇条一項、二〇五条一項)の法定刑が二年以上の有期懲役であるのに較べ、選択刑として無期懲役があり、有期懲役の下限が一年重いというにすぎないものである。したがって、これに依り処断刑を定めるに当り、法律上の減軽はもちろん、このほか諸々の情状を汲み刑の執行を猶予し又は短期を半減することなども可能であって、適正妥当な刑を定めることにつき格別の支障はなく、親に対する所為であるからといって、通常の場合に比し、科刑の不均衡を余儀なくされることはない。

以上(イ)ないし(ハ)の如くみてくると、刑法二二〇条二項、(二二一条)、二〇五条二項は子に対しいわゆる差別的取扱いを定めるものであるが、本件の如き実親に関する事件につきその取扱いはなお合理的範囲内にあるということができ、いまだ憲法一四条一項に違反するものではないといわなければならない。そうしてみれば、原判決が憲法一四条一項に違反するとして右の刑法各条項の適用を排除したのは、法令の解釈適用を誤ったものというのほかなく、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。

原判決が確定した罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為は刑法二二〇条二項、二二一条、二〇五条二項に、同第二の所為は同法一七九条、一七六条後段に各該当するところ、右第一の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、且つ右罪は未だ官に発覚せざる前に被告人において自首したるものであるから同法四二条一項、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い右第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二四〇日を右の刑に算入し、なお原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

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